不安障害で借金ありますが会社員頑張ってます、ブログ

不安障害と抑うつで借金ありますが休職中です。

不安障害・抑うつ障害持ちで借金200万あるアラサー独身女が、休職中に役立つ情報や日々ポジティブに過ごせるような情報をお届けします。

不安障害&抑うつ障害の私の履歴書

 

 こんにちは、ろすりです。

 

今日は、自己紹介をしようと思っています。

 

というのも、私の人生遍歴をちゃんと紹介してなかったもので……

 

当ブログを見た初めての人にも、

 

ろすりってどんな人間か。

どうして不安障害&抑うつ障害を抱えているのか。

 

など、知っていただければな、と思っています。

 

自分の半生を赤裸々に明かすのはちょっと照れくさいですが……

最後まで読んでくださると嬉しいです。

(注:かなり暗い内容なので気持ちが落ちてる人は見ない方がいいかもしれません)

 

 

ろすりってこんな人間です

 

 f:id:rosuria:20180126205334j:plain

幼少期:機能不全家族で育つ。

 

 

 

rosuria.hatenablog.com

 

東北の田舎で生まれた私は、

祖父母、曽祖母と同居していた母が、肩身狭そうにしているなかを見て育ちました。

 

両親は共働きで、隣の家の幼馴染♂や友達と遊びながら、

ゲームと漫画を一番の友達に、ぬくぬくと暮らしていました。

 

不満に思っていたのは、毎週週末に必ずやってくる三人もの従兄弟の存在

従姉妹たちが、我が家のなかでぎゃーぎゃー騒いだり、家の中を我が物顔で過ごしているのを、なんとなく不満に思っていました。

 

中学時代:学校全体からいじめられる。

 

 

幼少期からの環境に耐えられなくなって、母と姉と一緒に家を出ます。

さらに中学時代は、クラス中から学年中、さらには校内中からいじめられる壮絶な経験をしました。

 

さらにさらに、前述の幼馴染♂からもいじめられたことから、

人間不信になり、登校拒否しました。

学校に通っている間、授業中以外は、常に耳栓をつけてました。

 

同級生全員、後輩全員、友達全員、先生も、

みんなが話すこと笑うことはすべて、

私に向いていると思ったんです。

 

結局私は、中学時代の合計一年分ぐらい、学校に行ってません。

卒業式にも出てません。

高校を卒業するまでは、大好きな地元の町を歩くことができませんでした。

一生モノのトラウマです。

 

高校時代:今後はギャルにいじめられるが、耐える。

 

 

中学の授業をまともに受けてなかった私は、滑り止めの底辺私立校に入学しました。

地元にいたらいじめられると思い、街場の学校を選んだんですが、

中学生の同級生と同じクラスになったことで、

その同級生が私の噂を広め、ギャルたちにもまたいじめられます

いやぁ、つらかったですねーw

 

でも、周りが成績の悪いあんぽんたんばかりだったのと、

先生たちが優しかったこと、

さらに、中学時代と違って、友達も周囲に流されず、私と付き合ってくれたので……

殻に閉じこもって自分を守りきりました。

 

そして、先生のアドバイスのもと、

県内屈指のバカ高から、四年生大学に進級しました。

先生には、よくやった!とほめられました。

これが、私の人生で一番輝いた時期だったと思いますw

 

大学卒業:リーマンショックで仕事がない

 

私が就職する前、ちょうどリーマンショックが起こりました。

はっきりいって、文系女子の就職口は全くなかったんですね。

あってもパチンコ屋とか離職率高い外食チェーンとかでした。

 

今にして思えば、中小でもよいところを探せばよかったんですが……

社会経験がない私には、大企業しか目に入ってなかったです。

 

 

リーマンショック後でろくな就職先がないなか、運送会社の事務になりました。

 

1社目:周りがサボるのに納得できずやめる。

 

 

一社目の会社には、三年ぐらい勤めました。

でも職場環境は決して良いとは云えませんでした。

 

給料も安いし、休みは少ないし、休憩するのは4畳ぐらいの更衣室のなかだし…

 

特に最悪だったのが、

上司が取り次いだ電話とってくれないんですよ(怒

 

その職場の上司は、全員男性だったんですけど……

それぞれの上司が、気にいっている女子社員と常にきゃっきゃっしてて、

それ以外の人間と、その人たちが持ってくる仕事は、

全部「めんどくさい」「お前がやれ」と弾く人たちでした。

 

さらに、運送業にはありがちなのですが、

とにかくあまりにもクレームの電話が多くて、

そのときも一度、パニック発作を起こしましたが、二週間程度で復帰しました。

 

しかし、段々と職場への不満は募り……

周りは携帯いじったりして遊んでるのに、

私は少しでも手を止めてるの注意されたりするので、辞めました。

 

今にして思えば、 もっと早く辞めればよかったと思います。

 

変な職場に長居するもんじゃないですね。

人生は短いし、若いときはさらに短いんで。

 

2社目:部署のエースになるが、不安障害発症。

 

そして二社目が、ブログでも何回か登場した勤務先です。

中小企業でしたが、こちらも直属の上司がクソでしたね。

 

なぜって、上司なのにコミュ障なんですよ。

 

業務の指示をしない(むしろ部下が何やってるかわかってない)し、

気にいってる人しか挨拶をしないし、

面と向かって叱れないから、怖そうな女子社員には文句を言えないし……

などなど。

 

あぁ、上が動かないって、こんなに仕事しにくいんだ……と

つくづく実感しました。

 

さらに、仕事面でも色々あったのですが、

こちらは別の記事でも色々書いてますので、今回は割愛します。

 

良い人もたくさんいたんですが……私の心が耐えられませんでした。

 

不安障害を治さないまま無理に復職し、

借金を抱えたあげくに抑うつとなり、休職ののち退職しました。

 

現在の私

 

そして、現在。

私は不安障害と抑うつを発症し、休職しています。

 

能力もなく、

自信もなく、

お金はないどころかゼロです。

でも、生きてます。

 

こうやって半生を振り返ると、いろんなことを思います。

 

自業自得だなってことと、

ここはもうちょっと大人になるんだったな、とか、

人に相談すべきだったな、とか。

 

でも、一番思うのは、

ああ、私って頑張って生きてたんだなってことです

 

生きていて良いことなんかなかった、って思うこともあります。

 

もっと、このなかで、ブログで詳しく語りたいことがいっぱいあります。

 

特に中学生時代のことは、反省も踏まえて、

いじめられている人に伝えたいメッセージもあります。

 

ここまで読んでくださって、ありがとうございました。

それでは、また。